『白と黒』部屋番号の謎
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「白と黒」というと金田一耕助が団地で起きた連続殺人事件を解決するという話。
「金田一耕助に団地は似合わない」と評されがちですが私は「そこがいい」と思うのです。
「白と黒」では団地と言う舞台の性質上、多くの部屋番号が出てきますが、実際それはどこまで正確なのでしょうか? 今回はそれを考えてみます。
使用したのは東都ミステリー版と角川現行版(十九版)です。考察中は前者を東都版、後者を角川新版と表記します。
暇があったら角川旧版(十二版)や講談社全集の対応も記録していきます。
左上:角川旧版(十二版) 右上:角川改版(十九版)
左下:東都版 右下:講談社全集(旧版)
角川版は東都版の原稿を削ってできたものの為、多くの変化がありますが、今回は考察に必要なところのみ抜粋しました。
なお、講談社全集は角川と誤植以外の差がなかったため割愛します。
ぶっちゃけこんなこと調べて何になるんだと言われそうですが、まあやる人がいないなら私がやる! と言う感じです(笑)。
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東都版 p16 上段L8
順子の部屋は一八二〇号室、これは十八号館の二〇号室という意味で、団地全体に一八二〇世帯もあるわけではないと、順子が説明した。
角川新版 p22 L5
順子の部屋は一八二一号室、これは十八号館の二一号室という意味で、団地全体に一八二一世帯もあるわけではないと、順子が説明した。
東都版 p23 上段L12
いい忘れたが一八二〇号室は、一八号館の一階になっている。
角川新版 p31 L3
いい忘れたが一八二一号室は、一八号館の三階になっている。
(全集、角川旧版では「一階」と表記、つまり角川新版固有の誤植)
東都版 p31 上段L6
この二十号館の北側には入口が五つある。その入口を入るとすぐなかに階段があって、
その階段はジグザグと稲妻型に折り曲がりながら五階まで走っている。
その階段の左右に五つずつ、すなわち十世帯が住めるように部屋がまくばられている。
角川新版 p41 L2
この二十号館の北側には入り口が五つある。その入り口を入るとすぐなかに階段があって、
その階段はジグザグと稲妻型に折り曲がりながら五階まで走っている。
その階段の左右に五つずつ、すなわち十世帯が住めるように部屋がくばられている。
(旧版p34 L16、全集旧版p110 下段L23)
東都版 P31 上段L11
ダスター・シュートは入口と入口のちょうど中間に位しており、
そのシュートを中心とする左右の十世帯がそこへゴミを捨てるのだから、地上にあるゴミ箱はそうとう大きい。
高さ一メートル、幅も奥行きもだいたいそれぐらいだろうか、ガッチリとしたコンクリートづくりの箱で、
そこから五階まで煙突のように、これまたコンクリートでかためた竪孔が走っており、
それをとおって各階からゴミが落ちてくる仕掛けになっている。
角川新版 p41 L5
ダスター・シュートは入り口と入り口のちょうど中間に位しており、
そのシュートを中心とする左右の一世帯がそこへゴミを捨てるのだから、地上にあるゴミ箱はそうとう大きい。
高さ一メートル、幅も奥行きもだいたいそれぐらいだろうか、ガッチリとしたコンクリートづくりの箱で、
そこから五階まで煙突のように、これまたコンクリートでかためた縦孔が走っており、
それをとおって各階からゴミが落ちてくる仕掛けになっている。
東都版 p34 上段L10
こちらからみると順子の部屋は、右からかぞえて四番目の一階で、現場からほぼ正面にあたっている。
角川新版 p45 L5
こちらからみると順子の部屋は、右からかぞえて五番目の一階で、現場からほぼ正面にあたっている。
東都版 p39 上段L9
問題のタールを煮るカマは二番目のダスター・シュートのまうえに据えつけてあり、それを取りまいて三人の男がなかをのぞきこんでいた。
角川新版 p51 L1
問題のタールを煮るカマは二番目のダスター・シュートのま上に据えつけてあり、それを取りまいて三人の男がなかをのぞきこんでいた。
東都版 p41 下段L16 (水島画伯の部屋の記述)
そこから見えるのは第十八号館の南側である。第十八号館の三階の右から三番目の部屋といえば、
順子の部屋と廊下ひとつへだてたむかいの部屋の、一階おいてうえの部屋にあたっている。
角川新版 p54 L9
そこから見えるのは第十八号館の南側である。第十八号館の三階の右から六番目の部屋といえば、
順子の部屋と廊下ひとつへだてたむかいの部屋の、一階おいてうえの部屋にあたっている。
東都版 p42 下段L7 (管理人根津の部屋の記述)
いまカラスがもの狂わしい声をあげているのは、第十八号館のいちばん右の一階の部屋だった。
角川新版 p55 L9
まったく同じにつき割愛。
東都版 p68 下段L9 (管理人根津の部屋の記述)
だから一八一〇号室のブザーを押したとき、順子は表面落ち着いていた。
角川新版 p90 L9
だから一八〇一号室のブザーを押したとき、順子は表面落ち着いていた。
東都版 p99 下段L2 (水島画伯の部屋の記述)
エカキの水島浩三は第十八号館の三階、一八一三号室のテラスに立って、
さっきから眼の下に展開されるこの騒ぎを、ただまじまじと見守っていた。
角川新版 p131 L6
エカキの水島浩三は第十八号館の三階、一八二五号室のテラスに立って、
さっきから眼の下に展開されるこの騒ぎを、ただまじまじと見守っていた。
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以上をまとめると、部屋配置が各版パターンAのようなことがわかります。
ここから考えるに、水島画伯の部屋番号が一八二六のミスであれば角川版の方が正しく、
根津の部屋番号が一八〇一であれば東都版が正しいと言えましょう。
しかし、ここで問題が生じます。パターンAでは両端の五世帯ずつがダストシュートを利用できないのです。
そこでパターンBの部屋配置が考えられます。
この場合は東都版が一番条件に合致していると考えられます。
結論として、角川版も東都版も不備があることがわかります。
団地の構造についても「ダスター・シュートは入口と入口のちょうど中間に位しており」とあるので、パターンBが正しいと考えられます。
どうしても合わない根津の部屋番号についても、角川版での一八〇一号室をとれば解決する問題です。
修正時点で順子と水島画伯の部屋番号が違う考えに基づいて変更になったと考えるのが一番整合性が取れています。
しかしそう仮定しても疑問は残ります。しっかり角川版でも順子と水島画伯の家の関係が保たれているという事です。
これがある以上、横溝先生なり編集者の誰かが今回私が書いたのと同じような図を描いてみたと考えられます。
しかしそうなると尚更角川版の数字が直っていないことが不思議です。
この問題の決着は果たしてつくのでしょうか……?
本文引用 横溝正史「白と黒」
考察部分 裃白沙
考察執筆 2012-2013